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わたしが日々感じている世界

一度の人生、適当に生きようぞ

責任は引き受けるより渡していくことを意識する

6月になり新入社員のクセや適正が見えてくる時期だ。そして、新入社員はやる気に満ちているのでどんどん仕事を任せやすい。だがその仕事はまだ責任の軽い雑用が多く、資料を作成させても内容に深みや裏付けが少なかったりする。そのため一人前として働くにはまだまだ時間がかかるものだ。

 

今の時期はお互いの意識のズレがだんだん見え始める頃でもある。新人はもっと責任ある仕事をしてお客さんに認められる存在にいち早くなりたい、早く高い評価を得たい、自由な裁量で色んな仕事にチャレンジをしたい、といった若気の至りともいえる行動が多くなりがちだ。そして無謀なことだとあまり思っていないためドンドン進みたがる。

 

しかし、こちらとしては失敗をさせることよりも売上げや利益、時間をムダに消費してしまう気持ちからそのような挑戦はさせたくないというブレーキがかかる。失敗をさせて挫折を繰り返し、仕事の幅を理解しながら成長してほしい気持ちは誰にでもあるはずだ。

 

新人の頃は責任ある立場にあろうとも失敗をすれば先輩や上司が出て失敗のフォローをする。そのような当たり前の行動にとれるのはフォローする余裕があるからだ。ほんの少しの余裕もなければフォローすることもできず、自然と失敗させない教育方法をしてしまう。そうなると新人は失敗の恐怖感や挫折感、責任の重さというのが薄れてしまい、気づいたときには些細なことで立ち直れない人間になる。これではお互いのためにも会社のためにもならない。

 

失敗を恐れず、は新人に向けて言う言葉ではなく先輩や上司、役員や社長、会社全体といった上に向かっていう言葉であってほしい。失敗を恐れていては成長はできず、淡々としたつまらない日々になるだろう。そうした中では人は腐っていき、失敗という言葉に敏感になりすぎてほんの半歩の挑戦でも怖がって引き下がるクセがついてしまう。

 

新人はより多くの責任を引き受けようとするが、数多くの責任よりも一つの重い責任(本人にとっては)を渡したほうが成長もしやすい。失敗を前提に動けばフォローもしやすく、仮に失敗をして立ち直れそうにない状態になればその程度の新人だった、ということにもなる。その場合はより軽い責任から慣れさせていけばよいだけだ。

 

若い頃は責任ある立場を欲しがるが、年を取れば責任はウザく感じる。ウザく感じるのは責任の重さの割には立場が弱い、給料が安い、失敗したときの責任が非常に重い、などバランスの悪さにもある。そうしたバランスの悪さは会社全体が責任に対しての認識が甘い。もっと深く追求して責任を適切に渡していかなければならない。そうしないと誰も出世なんてしたくないだろう。

 

「責任」はだれにあるのか (PHP新書)

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