(旧)わたしが感じている世界

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完璧な引き継ぎ書なんてこの世に存在しない

引き継ぎリストを見ては確認と実行を繰り返す私。

社内での異動で違う部署に行ったり、退職も転職も経験しているといつも困るのが引き継ぎである。誰もが面倒くさい流れであり、実践すると大抵は困ることだらけなのが引き継ぎだ。そして思う、完璧な引き継ぎ書を作るのは不可能だと。


新しい職場で渡される引き継ぎリストやメモ、書類などに目を通すと最初はその細かさに関心して、これならすぐ即戦力として役に立てそうだ、と思うが実際にやってみると細かい部分で止まることがある。


慣れている人間が作る引き継ぎ書には思考ゼロで動ける部分はマニュアル化を省略して、始まりと終わりのみを書き続けることがある。「来客があったらお茶を出す」とか。うん、わかる、わかるよ。で、そのお茶っぱや湯のみの場所は?なくなったらその補充対応は?片付け後の洗いはこっち?それとも来客対応した人たちで?などが書いていない。

で、その細かい部分を周りに聞くと「その引き継ぎメモにありますよね」と返ってくる。ないない、ないから聞いてる。一見細かいメモや資料に見えても実践すると止まることが多い。引き継ぎって教えるほうも受けるほうも面倒なものである。


そりゃそうだ、作り込むにもそれなりの時間がかかるし、退職を決意した人に後のことは完璧に真剣にそして親身になって対応することなど無理な話である。ある程度引き継いだら「周りに協力してもらって頑張って!」で終わりだ。

逆に細かすぎても膨大な量になって目を通すだけで日が暮れてしまう。そして、会社独自のルールや言い方も混じって余計に分かりづらくなり、結局は周りに聞いて「その引き継ぎメモにありますよね」を繰り返すのだ。


あぁ、もう引き継ぎって面倒だらけだ。


家電のマニュアルでさえ、読まずに実行する人もいるし、丁寧に読んでも余計な動作をさせて壊す人もいる。結局、マニュアルや引き継ぎ書を読んでも思い通りに動かないのが人間である。


ならどうするのか。


簡単である。周りが親身になって一緒に引き継ぎ書を見ながら行動すればいいのだ。面倒だと思っても、時間の無駄だと思っても、最初の1ヶ月くらいは真剣に向き合って教えたほうがお互いのためである。どうせお互い完璧に分かんないんだから。

間違ったことをしても嫌味や文句を言わずに、笑顔と笑いでフォローすればいい。それができない職場であれば長くいてもしょうがない。もしそれが暴言と暴力で返ってくる職場であればクソ中のクソなのでさっさと逃げよう。


あと引き継ぎも「1回教えたらもうOK」「全部引き継ぐのに1〜2日で終わる(また1週間で)」みたいな風習ってなんだろね。もうね、同じ行動が即できてかつその人間以上の実力を速攻で発揮することを望むのはやめてくれ。そんな超人めったにいないし、誰もがそうありたいと思っていてもできないんだから。


誰もが超人になりたいけどなれない。
そんな世の中なのだ。

だから頑張って生きるのだ。