わたしが日々感じている世界

一度の人生、適当に生きようぞ

日々を流れるままに生きると中途半端に詰む

気づけばこのブログを作って約5年になる。最初は作りたてとあって更新頻度は良かったが日々の忙しさから書きたくても書けない日が続いた。そうしてるうちに更新も億劫になり、2016年なんか一度も更新をしていない。2017年はたった2回だ。そのほとんどが愚痴レベルなので大した内容ではないので読み返すことはほぼない。

さて、日々をなんとなく流れるままに生きている私だが、ここ数年で人が羨まむほどのスキルや経験を積んできたかといえばない。ちょっと気になって得たスキルも初心者から抜け出してほんの少し人よりできる、そんな誰でも到達できるレベルばかりを積んできた。何かをすれば何かができる、頼まれればなんとなくできる、周りから見たら少し便利な人の出来上がりである。


その結果、自分は何ができるのか、他に何ができるのか、できることはどのレベルなのか、を自己分析すると本当に何もできない人間だった。


流れるままにしてきた仕事だけに自ら動いて無から形にしたものが思いつかない。ちょっとずつ摘んできたスキルに資格のような裏付けもなく、仕事の結果は「できた」という言葉で終わり、そこから得たものはない。結果的に全体のパフォーマンスや売上げに繋がったものであっても、その中の潤滑油として動いただけなので私自身で作り出した結果ではない。左から右へ誰よりも早くスムーズに受け渡しができる、ただそれだけである。


過去を振り返れば「あのとき資格を取っておけば」「無理をしてでも役職のある立場にいけば」「企画を面倒がらずに立てておけば」など色々と言い訳が思い浮かぶ。この言い訳が年々ボディブローのようにじわじわ効いてくるのが地味に辛いのだ。年を重ねた分だけ社会から切り離されていくのが分かる。今からでも遅くはない、そういう思いがさらに遅くしてしまうのだからタチが悪い。


「結局、あなたは何がしたいの?」


そういう生き方をしてる結果、この質問に答えられず中途半端に詰んでしまう。
それが今の私である。