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わたしが日々感じている世界

一度の人生、適当に生きようぞ

結局、お互いの芝生は枯れてるのかもしれない

「隣の芝生は青い」他人のものはよく見えるものだ。隣にいる部署のメンバーを見て元気に明るく周りからも上司からも可愛がってもらい、気づいたら役職もある状態だった。長年サラリーマンしていればこういうこともある。あぁ羨ましい。

でも私がそうやって思っているのは接する時間も少なく、共有する情報もなければ同じプロジェクトを動かしてるわけでもない。そうなるとわざわざ外には見せない辛い部分は自然と見えなくなる。その人はメールで色んな人から怒られたり、面談でダメ出しされまくってボッコボコにされてるかもしれない。

そういう部分を見ずにいると「あいつだけズルい」「羨ましい」とか思ってしまう。そうではなく、そういう隠れた嫌で嫌でドス黒い何かを一つ一つ乗り越えてきたからこそ、その地位があるはずだ。

私も失敗や怒られたりしたことをいちいち周りに報告などはしたくない。そんなドス黒いものをまき散らしてたら仕事を依頼されなくなる。嫌な気持ちは隠したり消化させたりして乗り越えた先にある明るい何かをまき散らしたほうが断然いい。空元気なだけだけど。

特に共通点のないメンバーでもお互いそうしたムダに明るい何かを見ているだけなのかもしれない。ドス黒い何かをお互い知れば枯れ果てた芝生だらけなのに気づくこともある。

少なくとも私の芝生は枯れっ枯れである。助けてぇ。

隣の芝生は青く見えなかった

隣の芝生は青く見えなかった