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わたしが日々感じている世界

一度の人生、適当に生きようぞ

限界を超えたとき潰れるのか、頼るのか

ちょっと時間ができたのでダラダラと…。

日々の仕事に押し潰されそうになりながらもなんとか持ち堪えてまた明日を迎える、そんな毎日。もうダメだー、もうダメだー、と思いながらもとりあえず生きてるので毎日なんとかなってる。

「もうダメだ」と感じるとき「限界」の言葉が頭をよぎるが、この限界がなかなか厄介で踏み越えてはいけないラインがいまだに分からない。もう一歩大丈夫なのか、もうこれ以上進んではダメなのか。超えたら明日起きれなくなるんじゃないのか、逆にとんでもない力を身につけるのか。さっぱり分からない。

限界にも作業自体はできるがとてつもない作業量がくるキャパシティ的なものと、自分の能力を遥か超えた技術を必要とする依頼がくるスキル的なものがある。(他にも色々あるだろうけど)

どちらも自分だけでなんとかしてやろう!と思うと残業や徹夜をして作業をこなしたり、参考書とか買い漁って失敗を繰り返しながら付焼き刃で乗り切ったりする。どちらもこなすことができると達成感もあり「限界を超えた」と感じてしまうのだ。

でもよく考えるとやりきっただけであって本当は限界を超えていないのではないか。また同じ依頼がきたらどうするのか。また同じように時間をかけてこなし、付焼き刃にまた付焼き刃をして凌ぐのか。本当にそれでいいのか。いいや、良くない。大抵の場合は自分で自分を潰すことになる。精神的にも体力的にも。

本当に限界を超えたいのなら周りに頼るべきだ。

キャパシティの限界がきたのなら周りに頼り助けてもらい、残業や徹夜をしないようにする。その中で生まれた愚痴や反省を工夫とノウハウに変えてまた同じ依頼がきたときに対応できるようにするべきだ。そのとき初めて限界を超えたのではないだろうか。限界を超えたら少人数でできるようにさらなる工夫と改善を繰り返していけばいい。

スキルの限界も一夜漬けのような付焼き刃より、誰かに習うほうが断然良い。習う姿勢は忘れず熟練者に頼り、本を読むだけでは分からない経験を与えてもらう。最初は嫌がられるかもしれないが必死に熱心に懇願すれば意外となんとかなるものだ。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」である。

でもそれでも一人でなんとかやろうとしてしまう。
自分でコントロールできてる間はよいが、それが崩れると…。

「限界」が頭をよぎる回数が増えたのなら頼れ、周りに頼れ。