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わたしが日々感じている世界

一度の人生、適当に生きようぞ

イケダハヤト氏の「なぜ人を殺してはいけないのか」について @IHayato

プロブロガーのイケダハヤト氏が「なぜ人を殺してはいけないのか」について記事を書いていたので私もちょっとした暇つぶし程度に考えてだらだら書いてみよう。たぶん変な文章になりそうだけど。




イケダハヤト氏は「その理由はわからないが、ぼくらは人間として生きる以上、それをすでに『悪いこと』だと『知っている』から」と書いています。

イケダハヤト氏は物事を純粋かつ原子的に簡潔された言葉で表現をしようとしてますよね。その根本となる原因は何か、一体生み出すきっかけは何なのか、追求していく先にある純粋な何か、原子なのか原子核なのか核子なのか(合ってるっけ?)、そういうナニカを常に表現しようとしてる気がします。(うまく言えないけど違ったらごめんなさいー)


んで、私なりの「なぜ人を殺してはいけないのか」。

大人になれば理性や道徳面が成熟して人を殺すという残虐さや失う恐ろしさ、命の尊さを言葉でうまく説明できなくても理解して「殺してはいけない」というブレーキがかかり、そもそも「人を殺してもいい」という考えをしない。(正常であれば)

んじゃそれをまだ成熟していない子供であったり、頭のネジが吹っ飛んだ人であったり、「殺してもいい」と理解している人にどう説いたらいいのか、それが難しい。子供の純粋な「なぜいけないのか」という質問や、極悪人が考える「なぜいけないのか」は質は違えど共通する答えがないと本当にいけないことだと説くのは無理な気がする。この場合、法律や道徳、国の文化や歴史など吹っ飛ばして純粋なる人として、一つの種族として考えて説明しなければならない。

同じ人類だから殺してはいけない、種族を絶やすことに繋がるので殺してはいけない、守るために殺してはいけない、生殺与奪がないから殺してはいけない、いけない、いけない、いけない。うーん、なんか違う。パッとした答えではない。生物として考えても共食いをする生き物もいるしね。

でもその共食いは種の存続のために行うこともあるそうなのでこれもなんか違う。


んじゃ、そもそも人が人を殺す、という行為が種の存続のためであるとしたら?

絶滅をしないために何かしらのDNAが働いて「守るため」に同じ人間を殺してしまう、ということ。でも実際はそんなことしなくても絶滅もしないし、むしろ増えすぎてるからその行為自体が無意味なので「殺してはいけない」ということなんだろうか。人は知性があるので殺し合うことで少ない食料を確保して少人数でもなんとか生き延びるよりも、苦しみながらでも助け合う道を選んだ種族なのではないだろうか。

というわけで「助け合うために殺してはいけない」という答えになったよ、私。

もっと色んな知識を得てより深く考えたらこの答えも変わってくるだろうけど、だらだら考えた結果、今の私にはこれでいいや。考えすぎて知恵熱出そうだし。色んな答えがありそうだね、これ。

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