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わたしが日々感じている世界

一度の人生、適当に生きようぞ

話し方や進め方で決定は揺らいでいく

会議や商談、メールや電話などで様々な決定をしていくが、その中で話し方や進め方で決定したことが揺らいだり覆ることもある。会議での口頭で承諾を得てもその後の議事録や確定の報告メールをすると「ちょっと待って」と考えが変わり、決まったことがまたゼロからスタートしなければならない、という二度と経験したくもない事態がある。

このときに話す言葉では裏付けする情報にも信用性もあり会議の流れもあって承諾を得た、となるがメールで書き言葉で並べると考える時間ができて思っていた情報と何か違う、そうなるとこの決定は何か違う結果になるんじゃないか、と渦巻いて最終的に「ちょっと待って」となるのかもしれない。そうなるとなぜ「待って」になるのか、一度承諾したものをもう一度承諾を得るためにはどうしたらいいのか、考えるだけでも非常に疲れる。

メールでも決定したことだけを中心に書けばよいのだが、高揚して「実はこういう情報もあるんです」と善し悪しに関わらず情報が増えるとその情報を踏まえた判断をし直さなければならず、やはり「ちょっと待って」になる可能性がある。この場合、情報の内容や質にもよるが出し方に気をつけないと振り出しに戻ってしまい、これもまた非常に疲れる流れとなる。

逆の場合もある。メールで色々やり取りをして時間を短縮するためにも会議や電話に流れ込み、そこでメールでのやり取りを話し言葉に変えて承諾を得る、というパターンだ。「さきほどメールした件で…」で切り出してなんとか得た承諾が、メールの返信では「いいけどココはどうなの?」と言われると本当に承諾をしたのかどうか迷いが出てしまう。

承諾を得たもののこの引っかかりを取らない限り安心した承諾にならないので、ここでも進め方に気をつけなければならない。改めて承諾を得たと確認をしてから引っかかりに取りかかるか、引っかかりを取り除いてから承諾と進めるか、どちらにしても面倒で疲れる。

そのため、承諾を判断する側でも相手に迷いが出ないようにスムーズに進むような判断をしなければならない。「いいけどココも判断材料として詳しく知りたい」と言われたら進めようにも気持ち悪さが残ってスムーズにいかない。その判断材料次第ではNOになるのではないか、という思いからだ。決裁が終わったあとに覆されてはたまったものじゃない。

話し方、進め方一つで結果をふいにしてしまわないように気をつけたい。日々気をつけてはいるがたまにやってしまうのでそのときはかなり凹む。

会議の科学―健全な決裁のための社会技術 (組織の社会技術2)

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