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わたしが日々感じている世界

一度の人生、適当に生きようぞ

名言や言葉を自分の都合のいいように解釈すると楽しい

色んな本やブログの記事を読んでいると名言ともとれる言葉に出会うことがある。アニメでもドラマでも映画でもいい。自分の心に響く名言や耳に残る名言、人生を変えてしまうほどの名言、色々ある。その中で自分の都合のいいように解釈をするのもまた面白い。

名言の前後にはそれを表現や理解するための言葉が並んでいる。本来ならそれらをよく読み、何を伝えたいのか、何を説いているのか、を理解してようやく名言という言葉が心に染み渡る。そしてそれが人生にも影響をしていくのだ。だが、そうした前後の流れを考えずに名言のみを読んで自分の中で解釈をするのもよくあることだ。

私はドイツの哲学者であるニーチェのことはよく知らず、本も読んだことないがWikiquoteにはこのような文章があった。フリードリヒ・ニーチェ で『善悪の彼岸』の本の言葉で「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ」というのがある。本来、本をよく読んで理解しないとこの名言は私にとって何の意味もなさない。

だが、怪物と闘うには自分自身も怪物にならないようにせよ、というのは正義を貫き通す意思の強さを表しているようにも思える。自分の人生、生きていく中で怪物とはいかなくとも些細な悪、面倒くさい敵というのはいつもいるものだ。それに立ち向かうにはこちらも少々姑息な手を使って相手を陥れることもある。犯罪とはいわなくも小さな落とし穴にはめてコケたような小さなものだ。

その中で凶悪な敵と出会い、正論でも正当なやり方でも通じず、打ち勝つには同じ悪の方法を使う方法しかない、という状況になった場合に自分も悪の方法を使うのか使わないのか、その葛藤に負けぬように心せよ、と考えるのだが合っているのだろうか。もしかしたら大きく間違った解釈をしているかもしれない。

しかし、こうした自分の都合に合わせた解釈をするのも楽しいものだ。今はこのような考えでも正義と悪が逆転をして正義でしか打ち勝てないものに正義で挑むのか、という考えにもなり得る。それはそれで私はいいのかもしれない。ただこれらは私の心の中で解釈をし、勝手に納得をしているだけだ。誰かに説明したり押し付けたりするものではない。だからこそ楽しいのだ。

他にも映画や小説、マンガやアニメ、ドラマやバラエティといった目にするもの耳にするものの言葉や名言を自分の中で勝手に解釈してはバカなオチになったり、終わりなき答えのないところに落ちたりと様々だ。でも結局本当の答えが分からないまま過ごしてる。これは、いいのだろうか。

善悪の彼岸 (光文社古典新訳文庫)

善悪の彼岸 (光文社古典新訳文庫)