わたしが感じている世界

そろそろこっちで復活するかも

自分がいる位置は最先端どころか遅れに遅れた場所である

雑誌や新聞、WEBのニュースで触れる出来事やお店で新しい家電やパソコンなど手に取り、最新の情報や物に触れるとあたかも自分が最先端にいる気持ちになる。欲しい商品があれば商品サイトやカタログ、ニュース記事を探り詳細な仕様や裏話なんかにも触れて自分は詳しい人間なんだ、と思ってしまう。

そうしたちょっとした優越感は自分の中で自分の中でとどめておけば良いのだが、これ見よがしに周りに情報を伝えると知ったかぶりで恥をかく場合もある。所詮ちょっとした時間で集めた情報であり、仕様の先にある研究開発のことや技術的な専門性の高いことになってくると語ることはできない。語れたとしても開発の当事者ではないのでしょせん薄っぺらいことしか語れないのだ。

国内の情報ならまだしも世界的な情報となれば一時情報のほとんどが英語だ。私は英語はさっぱりだが、英語ができる方は新鮮で早い情報源があり、国内に一般的に広まる頃にはより深い情報を得ているのだと思う。あらゆることの一時情報をどれだけ知れるかで自分の立ち位置も変わってくる。

とあることを調べようとネットや書物を漁っていたら5年以上、10年以上も前から言われてることだった、いうのはざらだ。とりわけインターネットの技術に関しては進歩のスピードがとてつもなく早い。10年以上前の情報があまり役立たない、なんてこともある。(基礎や歴史を学ぶ、ということでは大いに役立つはず)

そうした昔からある知識や技術を知らないまま今がある。私はそんな昔からあるものを今まで知らずにそしてこれから知るのはとても大変なことで面倒だ、と思ってしまう。そうしていつも取り残された状態で生きているダメ人間である。この先積み重ねるべき10年のことを考えて必死で生きればいいだけなのに。

過去があり現在があり未来がある。私はどれも必死に生きているようで生きていないのだ。

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