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わたしが日々感じている世界

一度の人生、適当に生きようぞ

ブラック企業という環境では人は成長しない

ブラック企業はWikiを見れば「広義には入社を勧められない労働搾取企業を指す。労働法やその他の法令に抵触し、またはその可能性があるグレーゾーンな条件での労働を、意図的・恣意的に従業員に強いたり、関係諸法に抵触する可能性がある営業行為や従業員の健康面を無視した極端な長時間労働(サービス残業)を従業員に強いたりする。」とある。(Wiki:ブラック企業より

誰しもがこんな環境で働きたくもないし、この会社のために尽くして死ぬまで働こうとは思わない。たまに聞くのが、一度ブラック企業での労働を経験すれば他の会社で仕事が楽に感じる、生温いことを言わずにブラック企業で一度働いてみればいい、といったブラック企業で働けば成長して強くなる、という内容だ。私もブラック企業にいたことがあるので確かにそういった一面もある、と思っている。

だが、根本で違うのが成長しているのはブラック企業ではなく、ブラック企業で働く人間と関わることで成長しているということだ。こうした会社では社内のルールが凄まじくそう簡単に慣れるものでも耐えられるものでもない。そのため、身体だけではなく心が壊れて社会的に復帰が難しくなる。そうなるとまともに働くことなんてそう簡単にはいかないし、トラウマやうつ病といった心のキズの修復や克服は困難だ。

ではなぜ成長する、といったことになるのだろうか。私の経験から言えばその場に働いていた上司や同僚といった「人」の影響が大きい。社会人としてのスキルも未熟のまま飛び込んだ世界に私は簡単に潰れてしまった。朝早くから日付変わるまで働いて、残業代もなければボーナスもなく、休日も少なかった。死ぬのは嫌だが大ケガをして入院とかすれば逃げられるんじゃないか、とか訳分からないことも考えていた。でもそんなことできないまま、未熟まま働き続けた。

結果論ではあるがそうした経験があるから転職後の職場は気持ち的に楽に感じたのは事実だ。過酷な職場で経験した辛さがそう感じさせたのはもちろんだが、どうしなければいけない、というのも少なからず学んだ。それはブラック企業時代の上司からたくさんのことを学び、色んなことを叩き込まれたからだ。電話一本でも嫌というほど嫌みや皮肉を言われて延々と叱られたものだ。でも今となってはそれはごく当たり前のことで「お客のこと大切にしろ」を徹底的に言われたのだ。

未熟すぎる私以上に働き、私以外のメンバーも面倒をみて、さらに上の上司や役員とも戦って利益を上げようとしていた。その上司の動きで会社も多少ルールは変わったが、働きやすい環境になることなく、年々続いた赤字もあって会社は倒産した。

そんな上司の教えがあり、目の前でみてきた働き方が焼き付いてるからこそ、ブラック企業での経験が次に活かせてるのだと思う。もちろん上司だけではなく、他のメンバーからも救いや教えもあり今がある。今、といっても相変わらず未熟のままなので自慢できるものなど一つもない。なんとかやっていけてる、という程度だ。

ブラック企業で働けば成長する、というのは違う。その場で働いている人間に関わることによって成長するのだ。そして、成長するかしないかはその人間によって左右される。あとはそれについていけるかいけないか、を考えて行動すればいい。

もちろんブラック企業そのものはなくなるべきである。むしろ滅べ。

ブラック企業、世にはばかる (光文社新書)

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